2/8
「ねえ、パネラーマンって知ってる?」
「なにそれ、芸人の名前?」
「違う違う。最近話題になってる怖い話!」
「怖い話? なんか、全然怖くなさそう」
「うちの学校の近所の団地、一区画だけ空き地になってるでしょ? あそこにね、出たんだって」
「出たって……その、パネラーマン?」
「そう! 2組の米山がずーっと休んでるのも、そのせいなんだって。見ちゃったんだって!」
「米山の休みはどうせコロナでしょ……てか、そのパネラーマンってなんなの?」
「なんかね、パネラーマン自体を見た人は居ないんだけど、神出鬼没で、いろんなところにパネルを置いていくんだって」
「パネル?」
「等身大パネルってあるじゃん? アレ」
「なんの等身大パネル?」
「わかんない。なんか、普通の人。その辺のスーパーのレジ打ちのおばちゃんとか、大学生とか」
「なんじゃそら」
「でね、一人でいる時にそのパネルに触っちゃうと、今度はその人がパネルになるんだって」
「はあ……パネルに?」
「そう! それでパネラーマンに連れてかれちゃうんだよ」
「なんか……しょーもなくない?」
「えー! 怖いじゃん。パネルになったらなんもできないんだよ?」
「いやあ……てか、作り話のレベル低いよ。何? 米山もパネルになったってこと?」
「そうだよ絶対」
「あほくさ……アンタもいい加減そういうの卒業しなよ」
「えー! 全然信じてないじゃん! 怖くない?」
「信じるわけないし怖くもないわ」
そう話したのが先週。今、私はくだんの団地にいる。クラスメイトが欠席したので、手紙を届けに来たのだ。
そいつの部屋は三階らしい。階段を使い、上っていく。老朽化が進む古い建物は、上は六階まであるようだが、エレベーターはない。階段を上りながら、沈みかけた夕日を見る。やけに、赤い。
部屋の前まで来て、呼び鈴を鳴らす。誰も出ない。本人は寝込んでいるとして、家の人は仕事なのだろうか。仕方なく、扉についた郵便口から、封筒を入れた。
踵を返して階段を下りる。ふと外に目を向けると、下に広がっていたのは空き地だった。階段の作りが螺旋状になっているため、来る時は見えなかったのだろう。
空き地の真ん中に、何かある。一瞬人かと思うが、やけに薄い。ゴミだろうか? それにしては大きい。人はどの大きさの段ボールが、自立している。
パネルだ。
気付いた瞬間、ドッと冷や汗が流れた。目を逸らさなければと思うのに、身体が動かない。いや、違う。足が勝手に階段を下りる。向かっている。近づいていく。と、その瞬間。
視界の端に誰かが映った。
女子だ。空き地にふらりと入ってくる、同じ制服の誰か。知っている。あの子が誰か知っている。止めなければ。そう思うのに、今は足が動かない。彼女はおぼつかない足取りで、パネルに近づく。その手が伸びる。触れてはならない。声が出ない。流れる汗の感覚。指先が、パネルに届く。
私は頭を抱えて、その場にしゃがみ込んだ。何も見ていない。私は何も知らない。呼吸が荒い。早く帰らなければ。だけど、どうやって? 帰る道すがら、あの空き地にふたつ並んだパネルを見て、どうやって帰ればいい?
日が沈む。遠くで、最終下校のチャイムが鳴っている。