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全く記憶はないが、腕に大きな青痣ができていた。右手の、肘と手首のちょうど間あたり、内側。大きいと言っても直径は四センチほどで、ぱっと見は目立たない。薄い靄のようなそれに、風呂に入るときに気付いて、しかしあまり気にすることは無かった。

翌日か、翌々日か、ふと見ると痣が濃くなっていた。インクの滲みのようなそれは、どこか人の顔のようにも見える。少し気味が悪かった。触ると痛みはなく、ただ皮膚に指が沈むだけだ。どれだけ考えても原因を思い出すことはできなかった。やはり気にしないことにして、服を着る。幸いというべきか、季節は長袖の頃あいだ。放っておけば治るだろう。

そうして数日経った。毎晩、青痣を見た。しばらくは変わらず人面のようで気持ちが悪かったが、だんだんと周辺から黄色く変色し始めて、今ではほとんど目立たない黄ばみのようになっている。不思議なことだが、痣が消えていくのと反比例するように、その原因の記憶が蘇ってきた。

はじめは、痛みがないのを妙に思ったのがきっかけだった。

そういえばこれは、打ちみでできたものではない気がする。そもそも腕の内側をぶつけることなんて、そうそうない。けれど打ちみ以外に青痣ができる理由なんて、思いつかない。

自分でぶつけたのではないなら、他人につけられたものなのではないか。

そう思い始めると、そんな気がしてきた。尚の事記憶にないのが奇妙だが、自らぶつけて作ったものではないことは、確信できた。

他人につけられたとして、腕の内側に青痣を作るような状況が、あるだろうか。

例えば腕を、内側を上にして机に置いて、誰かがその上に何かを落とす。無い話ではない。けれどそんなことがあったら、覚えているはずだ。どんな経緯で、誰に、どこでされたのか、何も覚えていないなどということがあるだろうか。

しかしそこまで考えて、自分が自ら腕を差し出したような、それは確かにそうだったような、切り取られたワンシーンが蘇った。右の腕を、内側を上にして、机に置いた。

もしかすると、思い込みがすぎて記憶を改竄してしまったかもしれない。だっていくら考えてもおかしな話だ。

けれど確かにそうだった。間違いない。この痛みのない青痣は、自ら出した腕に、他人によってつけられた。

そうだ。これは打ちみなどではない。この青痣は、正しくは、内出血と呼ばれるものだ。ぶつけてできた内出血ではない。皮膚の中で出血している。

外傷も無く、強打したわけでも無く、皮膚内で出血することなど、そうそうない。外面上無傷のまま、血管だけを傷つける手段など。

……注射?


見ると青痣は消えていた。青痣? 何の変哲もない自分の腕だ。今自分は、一体何を確認しようとしたのだろうか。手首を眺めるようにして、時計もつけていないのに、どうしてこんなことを?

疲れているのかもしれない。風呂に入って、早く寝よう。明日もいつもと変わらない朝が来る。


翌朝。

全く記憶はないが、腕に大きな青痣ができていた。