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目覚めると異形の怪物に変わっていた、というのは便利で素敵な導入だ。良いものは長く使われる。異世界転生だって、これのマイナーチェンジの一つだと思う。

しかしよくよく考えると、虫や化け物になっていなくとも、寝る前のモノと起きた時のモノが同じなんて保証はどこにもない。込み入った話をすると、テセウスの舟のような思考実験に向かいそうなので、ここでは控えるが。そうでなくなって、私たちはもっと眠る前に怯えてもおかしくないのではないか。自ら意識を失うという行為を、理性はそう簡単に許してはならないのではないだろうか。

寝ることは死ぬことだ。夜毎明日の再生を疑うこともなく自死を選ぶのは、愚かで美しい。必ず醒めると信じて見る夢は甘美だ。

人並みに生を楽しんでいるので、寝る前最後に見るものは少しだけ意識している。別に特別なものを見ようとするわけではない。薄暗がりで最後に目に入ったものを、「それ」であると、ただ思うだけ。本棚に並んだ文庫本とコミックスの段差。枕元の加湿器の煙。祖父にもらった油絵。馬のぬいぐるみ。付けっぱなしのゲーミングPCの七色の光。フィギュアの影。年季の入ったマグカップ。……どれが最期に視界を埋めたものだとしても、一つも悔いなどない。

死ぬのと異形になるのと、普通はどちらを怖がるものだろう。ちょうど良い議題を見つけたので、私は少し喜んだ。しばらくは退屈せずに済む。

願わくば、明日目が覚めたら、サラブレッドとかになっていたらいいのに。